グレード

参考になる意見の追記;

muta_005さん

2014/11/2210:59:03

もし近親者が殺されたら、大抵の人は犯人を殺してやりたいほど憎むでしょう。私も同じです。

でも、殺してやりたい相当な理由があれば殺していい、を「正しい」とすると、主観は様々なのでいくらでも拡大解釈があり得ることになります。

「法律」は、「殺人」はいかなる場合も犯してはならない、という立場です。それは、人権を保証する「(人による)法治国家」の原理原則に反するから。これは全知全能で真理を知る神ではなく、主観の集合体でしかない社会の限界で、法治国家の基礎となる社会契約説の根幹です。

社会による「殺してよい人」判断を用いるのは、原理自体に背く判断です。
神ではないのだから、判断には間違いの可能性もあります。しかし命を奪った後で間違いでした、生き返ってください、はできません。社会は神ではないからです。

被害者の応報感情を考慮することは刑法でも重要な要素です。でも、応報感情に従うこと、ではありません。「人を殺す」ことは、「どんな理由があっても許されない」からです。

絶世の美女を前にしたら、性的関係になりたいと思う男性は大多数でしょう。だから美女は強姦していい、にはならないのが法律です。美女も人だから人権があり、犯罪者も人でしかなく人権はある、が法治国家の立場。一部の人権は無視していい、を是とすると、「一部とは何か」の判断が必要になり、その判断は「人」には不可能な「真理」が不可欠です。
ヨーロッパなどで死刑制度が廃止されたのは、神に寄らない社会契約説の原点にやっと到達した、というところでしょう。

近親者を殺されたら殺してやりたいと思うのが普通です。でも「実際に殺すこと」は別。その思いは律しなさい、というだけの話です。

ちなみに私の本心は死刑支持です。でも現状の死刑支持論のあまりに浪花節な非論理性から、死刑廃止支持に変えました。本来、人を死足らしめたら過失だろうと死すべきだと思います。 

 

 

はじめの文章

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「死刑に無いもの」と「社会に無くてはならないもの」

↑;

rainさんは、

『生かす最大限の努力』が、

死刑には⇒『無いもの』であり、

社会には⇒『無くてはならないもの』である。

その様な主張だと推察します。

 

 

**

私たちの営みはすべて「生きる為」にある。

↑;

以前に回答した内容と重なりますが、

生物学的な生命の本質として、

全ての命は、生きる為に生きている。

これは、ほぼ間違いない観測的事実だと思います。

なので、この前提は、『当たり前』と思います。

なにも、殊更取り上げてまで主張するような理想的事象ではないと思います。

 

そして、同じように観測的事実に基づけば、

生命は『個』の存続ではなく、『種』の存続と言う形で命を繋ぐ。

明らかに『個』の命は、かなり有限的であるが、

『種』の命は、長い時代を超え存続する。

(もちろん最終的には永遠に生きる種も存在はしないだろうが・・)

『種』は、『個』の集合により成り立っているのだが、

『個』は、『種』の存続なしには生きながらえる事は出来ない。

『個』と『種』の存在は、お互い同士が補完し合った関係であり、

どちらも、生命が『生きる為』には必要不可欠なものだと言える。

 

人間に置き換えれば、

『個』は個人として存在するが、

『種』としての人間は、『集団』、『社会』を形成する。

社会組織を作る人間の行為は、

人間と言う動物が、種の存続を図るために用いる本能的な行為だと思います。

その方が『種』の存続という、生命の本質的行為を成し遂げる上で有利であるからでしょう。

人間にとっては、

『社会』は『個人』の集合で成り立っているのだが、

『個人』の命は、『社会』の存在なくして、永らえる事は難しい。

生命的な【本質】から考えれば、

人類にとって、『個人』が完全無欠の尊い存在などではあり得ない。

『社会』と『個人』は、ホモサピエンスという種の存続にとって、

どちらも欠かすことのできないものであり、

どちらかを優先できると言うものではないと思います。

 

このバランスが重要であると感ずるのが、私の想いです。

死刑の絶対的廃止論に関して私が感じる欺瞞性は、

余りにも『個人』重視に偏っているのではないか?

というバランス感覚の欠如にあります。

 

ここで、自然界の生命全体の根源的行為を見てみると、

そこは厳しい世界である事は間違いない。

『弱肉強食』などとよく例えられるが、

自然界のあらゆる異種間の生命相互の関係は、

『自らの種が生き延びる為の殺し合い』・・

その様に感じます。

あらゆる命が、他の命の犠牲の上に成り立っている。

その自然の本質から、人間も逃れ得る存在ではない。

その本質を謙虚に捉えるべきだと感じます。

人類とて、野生に放たれれば、単なる『餌』ともなり得る。

その自然の本質を否定するのならば、

それは、人間の知性、理性の不完全さ故の傲慢であると思います。

 

上記の弱肉強食的な論は、主として『異種生命間』の関係が強いですが、

では、同種の間ではどうなのか?

もちろん、自らの種の存続を図る事が、生命の本質であるから、

基本的に、生命は同種の間では、殺し合いはしません。

それは、明らかに不利だから。

ですが、同種であっても、

それが自らの種に大きな害悪をもたらす特異な存在であるなら、

それを躊躇なく、全力で排除しようとします。

そこには同種と言えども容赦はありません。

完全排除・・即ち、種の存続にとっての害悪に死を与え、

完全かつ最終的な解決を図ろうとする傾向があります。

 

生命にとって『生きる為に生きる』という事は

本能的な欲求でありますが、

生命のもう一つの本質は、

『生きる為に殺す』と言う処にもあります。

どちらも厳然たる事実であり、どちらかを止める・・

ということは、人類にとっても無理でしょう。

 

人類が、社会の中で死刑という制度を用いるのは、

その根源に、種の存続に対する危険を排除しようとする本能的な欲求があるのかもしれない。

その様に感じます。

例えば、

病的なシリアルキラーとか、

継続的な欲望に溺れ続ける自己中心的な人物とか・・

そういう者が、人類にとって危険だというのは、否定できない。

そのような者を、速やかに排除しようとするのは、

種、或いは社会の存続を図るための本能的欲求として、存在するのではないか?と思います。

それは、理性の問題ではなく、生命の根源的なものであるから、

如何に人類が理性的になろうと努めても、ゼロにする事は出来ないと思います。

また、それを完全にゼロとしてしまう方が『絶対正しい』などと考えるのは、

人類の不完全さや、自然に生きる人類という事を忘却した危険な暴論と思えます。

 

かなり大げさな意見かもしれませんが、

自然とか、生命の本能的行為という、かなり根源的な処を思うと、

私は、上記のように思います。

 

我々は、生きる為に生きるという生命的欲求を否定できないのと同じく、

生命的な本能に基づく欲求を否定してまで、

殺すという行為を絶対否定できない。

 

死刑と言う社会制度の中に、

生命の種の安寧という本能的な欲求に基づく行為が含まれるのならば、

それを絶対否定する事は、

自然に対する冒涜であるように思います。

 

否定すべきは、

人間の理性や知性に基づき行われる死刑だと思います。

理性や知性が行う死刑は、

恣意的であり、独善的であり、危険だと思います。

 

なので、死刑を絶対的に廃止するというのは、

バランスの欠けた極論であり、

知性や理性を信じすぎる人間の傲慢であると感じます。

 

やむを得ぬ場合は、必ず存在する。

そこを完全否定するのは、

単なる教条化であり、考える事を止めているとしか思えない。

 

『生かす最大限の努力』は、本質的に必要です。

ですが

『生きる為に殺す』というのも、

それに劣らず本質的に必要です。

自然に生きる人類も、その例外たりえません。

人間の人間たる所以は、

理性や知性などの精神にあるのは否定しませんが、

万全ではない。。

理想主義の限界を思う事も、時には大事だと感じています。

 

 

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話は変わりますが、

rainさんは、

>人間の中には 生きることを放棄する人間が存在するからです
と言っています。

↑;

この自殺と言う行為は、理性や知性と呼ばれる精神的行為だと思っています。
ある意味、極めて人間的な行為であると・・。

他の生命にも、本能的な自殺はあるでしょうが、

人間のような自殺は、他では見られない現象のように思います。

もし、人間性が否定できないのであるならば、

自殺は完全否定できない。

なぜなら、人間の自殺は、理性や知性に基づく行為と言えるから。

ですが、生きる為に生きるという本能的な欲求には反します。

なので、その本能に照らして、我々は自殺は良くないと考える面もあると感じています。

もしかしたら、人間らしい死に方の一つが自殺ではないか?

人間らしさを失わない限り、人類から自殺は無くならないのではないか?

でも、本能的欲求から、我々はそれを否定し続けるのではないのか?

何だか、訳の分からない意見になりますが、

死刑制度とも関連がある、考えがあるように感じます。

 

 

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まだまだ、言いたいことは山ほどありますが、

上手くまとまらないし、

長くなりすぎるし、

ちょっと根気も尽きますから、、

この辺で終わります。。。。